幼い頃に、誰しも中川李枝子さんの
『ぐりとぐら』や『そらいろのたね』を読んで
やさしい気持ちになった経験は、ないか。
加古里子さんの
『だるまちゃんとてんぐちゃん』を読んで
うきうきしたことは、なかったか。
松谷みよ子さんの
『モモちゃんとアカネちゃん』を読んで
涙したことは、なかった?
悪いおとなが、世の中に多い。
これらのお話を読んで優しい気持ちを育んだひとではないのだろうね、
おそらくは。
それとも、読んだことがあっても、こころに何も残らなかったのか。
ひとに優しい人間であるよう、育つことはできなかったのか。
そうした人たちの悪意に触れるとき、怖いと思う。
その悪意がひとに、子らに向かうとき、辛いと思う。
誰もが素直なままでのびのびと育つことができれば
理想的だけれど、必ずしもそうでない現実の道が彼らの前に
延びることもあったのだろうと想像することはできる。
けれど、けれど。
辛い状況のなかでも、それでも他者に優しくあろうと
強いこころをもって大人になったひとたちは数多くいる。
だから「環境のせいだ、俺が悪く育ったのは環境が悪いのだ」
とか声高に言うひとの言葉を、僕は信じることができない。
「俺さえよければいい」「俺のために、誰だって傷つけていい」
という姿勢で悪意を周囲に放射しながら生きる、悪い大人がいる。
可哀想な考え方をしているなと思っても、
だからといってその姿勢を許したり近づいたりすることができない僕がいる。
2011年12月13日
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